東京高等裁判所 昭和29年(ラ)10号 決定
然るところ、相手方は当審において本件強制執行停止決定を正当とする理由として次のとおり追加主張する、即ち抗告人松本三郎と相手方間に成立した新宿簡易裁判所における和解が、他の抗告人等の承認諒解の下に為されたものでないとの理由により、本件調停調書に基く家屋明渡請求権の行使に消長を及ぼさないとしても、昭和二十八年三月二十三日相手方と抗告人等四名の代理人たる弁護士百崎保太郎との間には、(一)本件店舗のうち向つて右側の半分七坪五合を同月三十一日限り明け渡すこと(二)残部左側七坪五合を同年十二月二十四日迄賃貸すること(三)右賃貸借契約は当分の間一年の期限を定めて更新することとの口頭契約が成立したのである。而してこの契約により本件調停調書の条項は完全に改変され、その効力は消滅するに至り、少くも一年の期限で当分の間賃貸借を更新すべき約定が成立した以上、該調停調書における明渡の期限は猶予され、これが執行力はその限りにおいて停止さるべきものと見なければならないから、本件強制執行停止決定は結局において正当に帰し、本件抗告は理由がない、というのである。
しかし、異議の訴の提起に伴う強制執行停止命令は、当該訴訟において「異議ノ為メ主張シタル事情」が法律上理由ありと見え、且つ事実上の点につき疎明があつた場合に限り与えられるのであつて、当事者が未だ訴訟上異議の原因として主張したことのない全然別個の事由に基いて発することができないのは、民事訴訟法第五百四十七条第二項の明文上疑がない。ところで相手方の主張する前記の事実は単に本件強制執行停止決定に対する抗告審において本案訴訟と関係なく突然に主張されたに止り、嘗て本案訴訟において請求異議の原因として主張したものでないことは記録上明白である。それ故相手方が原審で異議の為めに主張した訴状並に強制執行停止決定申請書記載の事情についてその疎明が得られない以上、原裁判所が先に為した強制執行停止決定はそれだけでこれを取り消すより外はなく、相手方の主張する前掲事実は該決定の当否を判定する資料として参酌することはできない。しかもなお右主張事実に関する相手方の疎明方法は抗告人等の提出した反対疎明と対照すればいずれもその疎明不十分という外なく、右の事実自体もこれを肯認し難い。
然らば相手方の申立を容れて原裁判所が為した本件強制執行停止決定は失当につきこれを取り消すべく、相手方の申立は却下を免れない。よつて抗告を理由ありとし、主文のとおり決定する。